
By 钱 俞颖, 2025.06.20 中国の中小企業からシンガポール市場への参入に関する問い合わせがますます増えていることを受け、シンガポールの関連規制に関する実践的なヒントと、中国企業を例に扱いながら、それらに関する知見を共有することにしました。これらのヒントは、中国企業だけでなく、シンガポール市場に新規参入する、、大手多国籍企業を含む、他の外国企業にも役立つと考えますので日本語版でもシェアさせていただきます。以下、記事をご覧ください。 シンガポールにおける中国の食品・飲料チェーン店の参入状況 周知の通り、シンガポールは、地理的な近さ、文化的な類似性、そしてビジネス優遇政策を背景に、中国企業によるASEAN進出の拠点として好まれている。2024年6月末時点で、35の中国食品・飲料ブランドがシンガポールで191店舗を展開している。特に2023年以降には、COTTI Coffee、Luckin Coffeeなど、15の新規ブランドがシンガポールに進出している。(Luckin CoffeeとCOTTI Coffeeの海外展開については、こちらの記事もご覧ください:中国カフェチェーンの海外進出“Grab-and-Go”でシェア拡大を狙え) シンガポールにおける中華系飲食店のタイプは多様であるものの、カジュアルなダイニングや飲料への偏りがある。Luckin CoffeeやMIXUEといった飲料店(コーヒー・紅茶専門店)が全体の48%を占め、最も大きな割合を占めている。次に多いのは、主に火鍋などのメイン料理で、四川料理や中国北部の料理を提供する店が多く、シンガポールの中華系飲食店の27%を占めている。(東南アジアにおける新しいスタイルのティーブランドのサプライチェーンについては、こちらの記事をご覧ください。: 新式茶のグローバル展開: サプライチェーンの最適化が成功の鍵 (MIXUE, HEYTEA, CHAGEE, ChaPanda)) Figure 1:シンガポールにおける中国の食品・飲料ブランドの内訳 中華料理への需要が持続し、市場環境も好調なことから、中華系食品・飲料チェーンはシンガポールで引き続き成長していくと見込まれている。その大きな原動力の一つは、シンガポールに多数居住する華僑の存在になる。2024年6月現在、シンガポール国民の75.6%は華僑である。また、シンガポールは中国人観光客に人気の旅行先となっており、2024年には中国本土から308万人が訪れ、前年比126%増を記録し、昨年のシンガポールへのインバウンド観光客総数の18.7%を占めると推定されている。中国人観光客からの大きな需要と、華僑シンガポール人の間で高い受容度を誇ることから、中華系食品・飲料チェーン店がシンガポールに進出するのは、比較的容易であると結論づけられる。 Figure 2: シンガポールに進出したLuckin Coffeeのとある店舗 しかしながら、シンガポールで食品・飲料チェーン店を開業するには、いくつかのリスクが伴う。その一つが各種の規制遵守になる。 コンプライアンスのための主要な規制 シンガポールでは、食品・飲料事業は規制や法律によって非常に厳しく規制されており、食品安全、衛生基準、労働法など、様々な側面が規制されている。 シンガポールでレストランやコーヒーショップを開業する際に、企業が注意すべきコンプライアンスは基本的に3タイプに分類できる。それは以下の通りである。 a. 市場参入におけるコンプライアンス シンガポールで外国人がレストランや喫茶店・カフェを開業することに関して、特別な制限はない。外国人は、会計企業規制庁(ACRA)に直接会社を登録し、レストラン経営に必要なライセンスを取得することができる。 一般的に、シンガポールで食品店のライセンスを申請することはそれほど難しくなく、各部門が提供する手順に従って、GoBusiness Portalで申請するだけである。 Figure 3: 食品店に適用される一般的なライセンス 現地居住要件 / Local…
By 钱 俞颖, 2025.05.13 2025年初頭、中国の新式茶(ニュースタイルティー、新感覚ティー)ブランド3社、Good Me(古茗)、MIXUE(蜜雪冰城)、CHAGEE(霸王茶姬)が香港と米国で上場した。新式茶業界における上場数の急増は、中国の新式茶市場における熾烈な競争を示唆している。中国チェーンストア&フランチャイズ協会(中国连锁经营协会)が発表した報告書によると、中国の新式茶市場は2025年に2,010億人民元に達すると予想されている一方で、市場の成長率は2023年の44%から2024年には19.7%に低下している。 Figure 1. 中国における新式茶の市場規模と成長速度 「競争が激しすぎて、ある意味ではIPOが最後のチャンスかもしれない」と、オンライン小売メディアLingshouke(灵兽传媒)の食品・飲料アナリスト、Shi Li氏は述べている。(競争激しい中国の新式茶市場についてはこちらの記事もご参照ください: MIXUE (蜜雪), HEYTEA (喜茶), Chagee (霸王茶姫), etc. 中国の新式茶とは?-新式茶市場における新たなトレンドを分析-) 中国市場がレッドオーシャンへと移行する中、大手ブランドも戦略を転換し、海外市場への注力を強化している。様々な新式茶ブランドが、様々な地域でポジションを築き始めている。 MIXUEやCHAGEEなど多くのブランドが、地理的な近さ、暑い気候による飲料需要、そして中国ブランドの受容度の高さなどを理由に、最初の進出地として東南アジアを選択している。MIXUEは2024年末までに東南アジア地域で約4,800店舗を展開し、中国で展開する低価格モデルを模倣・実施することでインドネシアとベトナムで大きな成功を収めている。そして、CHAGEEは、スターバックスをベンチマークとして、マレーシアとシンガポールで高級ミルクティーブランドとしての地位を確立しつつある。 一方で、ChaPandaは、コーヒー文化が支配的な韓国市場に挑戦しており、HEYTEA は北米や英国などの高級市場に重点を置いている。(HEYTEAの海外市場展開については、以下の2つの記事もご参照ください。: 海外在住外国人コミュニティ:“ディアスポラ”は海外進出の際のゲートウェイになる ; 新式茶会の先駆者HEYTEAは日本の消費者をインスパイアできるのか?-日本初、HEYETA大阪店を紐解く-) Figure 2. 2024年までの主要ブランドの海外店舗数 最終的に誰が勝者になるかは未だ分からないが、新式茶ブランドが世界展開の初期段階で直面する最大の課題の一つは、サプライチェーンに関すものになるだろう。主要原材料を中国からの供給に頼ると、コストが大幅に上昇してしまうという課題がそこにはある。 Figure 3. 中国における新式茶サプライチェーンの概要 原材料の中で、特に重要なものはフルーツである。これが、新式茶と従来の茶系ドリンクの大きな違いの一つになる。原材料費は通常、フルーツティーの総コストの最大40%を占める。その中で、フルーツのコストは、全体の原材料費の約45%を占めており、茶葉、牛乳、トッピングなどの他の原材料と比較して最もコストのかかる材料となっている。 Figure 4. 新式茶の定番商品グレープチーズティー(多肉葡萄)の原材料コストの内訳 したがって、コスト削減には強力なフルーツサプライチェーンの確立が不可欠になる。中国国内では、大手ブランドは主に南部の省に農園を設立している。例えば、MIXUEは四川省と重慶市にレモン農園を構えることで、レモンの調達コストを1kgあたり4元から1元にまで削減した。(*MIXUEの中国国内での人気主力商品の一つはレモネードである。) Figure 5.…
By 鶴田 彬 & 钱 俞颖, 2025.04.15 Intro 前回の記事「新式茶会の先駆者HEYTEAは日本の消費者をインスパイアできるのか?-日本初、HEYETA大阪店を紐解く-」では、HEYTEAの日本市場への海外進出に関する分析について書きました。この記事を読んでいただきフィードバックを提供してくださった多くの読者の方々に心より感謝申し上げます。そして、ほとんどの日本人の読者の方にとっては、「新式茶」というワードに馴染みがないこと、そのような商品カテゴリーが中国市場でどのような存在感を放っているのか、基本的な情報が行き届いていないことを実感しました。新式茶(ニュー・スタイル・ティー)は、中国のフードチェーンブランドがいかにクリエイティブかを表した象徴的なものであり、世界の食品市場という視点から見てもイノベーションと捉えることができます。本記事では、中国の新式茶市場の概要を述べ、現在のトレンドを分析し、国際的に成功する可能性のあるブランドを考えながら解説できればと思います。 1. 新式茶とは(定義) 伝統的な茶飲料と比べて、新式茶は主に18歳から35歳の女性を含む若年層、特にZ世代に向けて提供されていると言え、私のような中年男性がこれらの商品に初めて出会うと、創造的すぎる、斬新すぎると感じてしまうかもしれない。実際に、私は初めてチーズティーを見た時は面を食らった。ひとえに新式茶と言っても様々な種類があるので、まずは新式茶のの定義を見てみよう。中国連鎖経営協会(中国连锁经营协会)のグループ基準「新茶飲術語和分類」によると、「新式茶飲料は、原葉茶や茶の抽出物と、果物、搾りたての果物や野菜ジュース、果汁100%ジュース、野菜、乳製品といった材料を組み合わせて作られる飲料である。これらの飲料には他の食品添加物を含むことがあるものの、固形飲料ミックス(パウダーなど)は含まれておらず、現場で準備・加工される。」と定義されている。 Figure 1. 組み合わせ次第で無限に広がる新式茶の種類 出典: 中国新茶饮供应链白皮书 2024 もう一度言い直すと、新式茶は、従来の茶葉または抽出液をフルーツ、ジュース、野菜、乳製品と組み合わせた飲み物で、固形ミックス・パウダーを使用せずに店舗・その場で準備された飲み物ということである。これらの原材料と加工方法に基づいて、新式茶の飲料は、フルーツティー、フレッシュミルクティー、バブルティー、コールドブリューティー、ミルクティーの5つのタイプに分類できる。とはいえ、消費者の頭の中では、大まかに言って、フルーツティーかミルクティー(タピオカティーを含む)の2つの選択肢に分別され、夏にはフルーツティーが好まれ、冬にはミルクティーが好まれる。消費者は、甘さのレベルを調整したり、タピオカパールなどさまざまな具材を追加したりして、自分好みに飲み物をカスタマイズすることができる。 Figure 2. 新式茶の多様な種類 出典:各種ブランドのWeChat ミニプログラム 2. 新式茶発展の過程 長年にわたり、新式茶業界は大きく成長し、現在では中国において消費者の関心が高いメインの市場となっている。 中国新茶飲料サプライチェーン白書 2024 (中国新茶饮供应链白皮书 2024)によると、1980年代から1990年代にかけて、タピオカティー・ミルクティーが台湾海峡を挟んだエリアで、若者たちに美味しくて手頃な価格の飲み物として提供され始め人気となった。2015年頃になると、HEYTEAや茶颜悦色(Sexy Tea)などのスタートアップ企業が、ティーパウダーやクリーマーの代わりに新鮮に抽出したお茶を使用して、ミルクティーを作り始め、高品質で風味豊かな体験を提供し始めた。この革新により、現在「新式茶」として知られるものが誕生した。 2022年までには、多数の大規模なチェーンブランドが製造および販売の分野に参入し、製品の品質だけでなく、ブランドのパッケージングやデザインを向上させた。その結果、顧客一人当たりの支出も大きく増加した。2023年からは、ブランドはサプライチェーンを合理化し、先進技術を活用することで新式茶を更にグレードアップしている。これにより、味、品質、新鮮さ、健康への配慮、透明性、そして費用対効果を向上させることが可能となり、さまざまな文化をお茶に融合させることで、ひとつの飲み物が消費者のライフスタイルに影響を与えることができるまで商品が成長したと言える。現在、中国全土に新式茶の多くのブランドが広がっており、その結果として、スターバックスのようなコーヒーブランドは多くの新式茶ブランドと競争しなくてはならず、スターバックスが中国で苦戦していると言われる理由の一つとなっている。 Figure 3. 2023年半ば頃における中国の美団プラットフォームにおけ飲料店数のシェア 出典: 中国新茶饮供应链白皮书 2024 3.…
by 鶴田 彬、2025.3.17 前回のブログでは、海外のビジネスパーソン向けに、日本の消費者は、食べ物や飲み物に控えめで自然な甘さを求め、過剰な砂糖を避けていることについて説明し、そのブログを日本語でも共有した。その中で、中国では主流の飲み物として定着化した新式茶・ニュースタイルティーのフルーツティー、とりわけHEYTEAのような高品質・健康志向のアプローチを取るブランドは、日本の消費者に歓迎される可能性があることを示唆した。そんな中、2025年2月、HEYTEAは大阪のDOTONプラザに日本初の店舗をオープンした。今回は、HEYTEAの紹介と日本でのマーケティング戦略について分析してみようと思う。(前回のブログはこちらから:“砂糖は嫌いだが甘さは好き”-ワガママな日本人消費者の好みにどう対応するか) Figure 1. 日本初のHEYTEAストアは大阪にオープン 1. HEYTEAについて Figure 2.HEYTEAの商品イメージ 日本人の多くはこのHEYTEAというブランドに馴染みがないだろうが、中国ではHEYTEAは新式茶・ニュースタイルティーのリーダーとして、市場に君臨しているといっても過言ではない。若手創業者の聂云宸(Nie Yunchen)氏によって、2012年より広東省江門市からスタートした(当時の名前は皇茶)中国茶をモダンスタイルで提供するブランドであり、パウダーなどは使用せず、店舗で茶葉からお茶を入れ良質の商品を提供することに重点を置いている。当初のターゲット層としては、20~30歳、特に20~25歳ホワイトカラーワーカーが想定されており、開発されたフルーツとチーズフォームをブレンドしたチーズティーが若い女性を中心に口コミで広がり2017年より店舗数を伸ばし一大ブームを巻き起こし、今や新式茶会のスターバックスと見られるほどに中国の市場に定着したブランドである。(余談だがCEO聂氏がスターバックスをベンチマークしていない点も面白い点である。) Figure 3. HEYTEAのチーズティーは、中国で一大ブームを巻き起こし行列を産んだ HEYTEAのブランドは、“Tea of Inspiration(灵感之茶)”をコンセプトに、文化体験を提供するブランドと位置付けることができ、現代と伝統の融合された革新的な商品・ストアデザインが若者に評判を受けている。また、一部で。「ミルクティーで時間を無駄にするデザイン会社」と冗談めかして呼ばれることもあり、マーケティングコンテンツのデザインに中国の美学、禅、ミニマリズム、レトロな要素を取り入れることで、幅広い若い消費者にアピールすることに成功し、現在、総店舗数は4,000店を超えている。また、最近、クオリティを維持するために2022年に開始したフランチャイズ展開を廃止したことでも話題に上がっている。 Figure 4. HEYTEAの革新的な商品ラインナップ 出典:HEYTEA GO WeChatミニプログラム 商品メニューを見れば、タピオカミルクティーに加え、チーズティーやフルーツティーなどバラエティに富み、HEYTEAの強みの一つが商品開発にあることがわかる。そんな、これまで日本市場で見られることとの無かったと言えるクオリティ重視の新式茶HEYTEAが日本で受け入れられる土壌があるのか見ていこう。 2. 中国市場とは勝手が違う 2-1.ライバルであるコーヒー文化の浸透度が異なる コーヒー文化が広まり、浸透度が深ければ深いほど、新式茶の市場参入は困難になる可能性があり、中国市場と日本市場の大きな違いはコーヒー文化の普及度、そのヒストリーにあるだろう。日本の消費者は、1960年代からコーヒーと長く付き合ってきたため、新式茶が日本で定着するのはより困難と考えられる。以前のブログ中国カフェチェーンの海外進出“Grab-and-Go”でシェア拡大を狙えでも述べたが、上海では、スターバックスがすでに市場に参入していたがコーヒーの市場への浸透度はLuckin Coffee登場まではそこまで強くなかったと感じており、私の教室では一点点のようなバブルティーがデリバリーで注文をよくされていた。(中国は、1999年に北京からスターバックスに参入したが、コーヒーをデイリーで飲み始めたのは、Luckin Coffeeなどが台頭してきた2020年前後と言えるだろう。)その後、Luckin Coffeeの登場で市場は変容していくのだが。上海の消費者の体感としては、Luckinのようなコーヒーチェーンと新式茶のスタンドがほぼ同時に登場したイメージであり、日本とは市場参入時の状況が異なる。HEYTEAは日本市場では、よりスターバックスやブルーボトルなどのカフェとの厳しい競争に直面することになるだろう。その点において、日本市場への参入は、中国や他のアジア地域よりも困難であるように思われ、ヨーロッパなどの西洋市場に近いものと考えられる。 2-2.そもそも味の好みが違う 中国人消費者と比べると、殊更お茶に関しては、日本の消費者は伝統的または単調な好みを持っていることが多く、中国の消費者ほど複雑にブレンドされた味に慣れていないと懸念されている。最近は上海で、多くの消費者が、烏龍茶ベース・ジャスミン茶ベースのミルクティーを飲むのだが、紅茶を除く中国茶や日本茶に牛乳や砂糖を入れて飲もうと言う習慣は、多くの日本人は持っていないと言えるだろう。そして、これは、チーズティーなどの革新的な製品を日本市場に導入する際に課題となる可能性がある。上海で、私は日本人の友人と初めてチーズティーに出会ったとき、最初はためらいを感じ、そのアイデアに少し違和感を覚えたし、チーズティーを自身のチョイスにすることから遠ざけていた。後に、中国人の友人の勧めで試してみると(私があまりにも躊躇うので身叶えて奢ってくれた。)、実際には非常においしいことがわかり、すぐにファンになったのが、この最初に商品をトライさせるコスト、他商品からこちらを選択させるスイッチングコストが日本では高くなるだろう。 Figure 5. Luckin Coffeeのジャスミンミルクティー(鲜萃轻轻茉莉) 2-3.…
By 钱 俞颖, 2025.01.21 前回の記事:海外在住外国人コミュニティ:“ディアスポラ”は海外進出の際のゲートウェイになるで少しローカライゼーションについて話しましたが、今回の記事はそのローカライゼーションに焦点を当てています。 日本人の方は、海外旅行をする際にまたは輸入食品を手にした際に、甘すぎると感じたことはないでしょうか? 本稿の記事は、飲食品産業に従事する中国人ビジネスパーソン向けに執筆したものになるのですが、中国人アナリストが日本市場の甘さに関する嗜好をどのように分析しているのかを理解することは、日本の飲料ブランド・飲食産業の方にとっても中国市場との違いを知る上で、何か気付きに繋がるのではないかと考え、日本語版をシェアすることにさせていただきました。ちなみに、執筆中にお米の甘みについて議論しましたが中国人スタッフは、その甘さを理解できず、しばらく噛むと、少し甘さを感じるといった日本人の話は伝わりませんでした。 以下、本文になります。お楽しみいただければと思います。 日本市場の無糖飲料の市場浸透率は中国市場の10倍 日本に行ったことがある外国人なら、自国のお店と比べて、日本のコンビニや自動販売機に無糖や低糖の飲み物が溢れていることに気づくことになる。日本人との会食では、飲酒を除けば、ほとんどの日本人男性は無糖の飲み物を選ぶ傾向がある。日本の砂糖入り飲料の市場シェアは、1980年以降減少し続けている一方で、無糖飲料の市場シェアは1980年の1%から2022年には54%へと急速に成長している。(参考までに比較すると中国における無糖飲料の市場シェアはわずか5%程度である。) アメリカ農務省(USDA)が2024年に発表した世界の砂糖消費量に関する報告書によると、日本の年間砂糖摂取量は1人当たり約14kg、中国は日本をわずかに上回る約16kg、欧州と米国は日本の 2〜3倍となっている。多くの日本人読者も感じておられるように、日本人の砂糖摂取量はほとんどの国よりも低いと結論づけることができる。(それでも14kgと言われるととてつもない量に感じられるのだが。) しかし、これは日本人が甘い食べ物・スイーツを好まないということでは全くない。 LINE Yahooが2024年に実施した15~64歳の日本人を対象としたスイーツに関する調査によると、日本人の90%以上がスイーツが好きと回答した。予想通りかもしれないが、Yesと答えた回答者の中では、男性よりも女性の割合が高く、10~30歳の若者の方が60代の中高年よりもスイーツを好むという結果が出た。 海外旅行などをしていると感じられると思うが、それぞれ国によって消費者の味覚は異なる。そして、それはその国の食文化と密接に関係している。私が上海で出会った日本人の多くは、上海料理や中国のミルクティー、デザートは甘すぎると言っていた。(上海料理については私も甘いと思う。)近年、Hey Teaなどの多くの中国の茶飲料ブランドが海外に進出しており、日本の消費者の嗜好を理解することが対日輸出向け商品の開発となって重要となっている。この記事では、中国の茶飲料を日本に輸出する際に、どのようにローカライズするかについてのヒントを与えられるように、日本のスイーツ・飲料市場についての私見を綴ろうと思う。 日本人は甘味に非常に敏感であり、60%以上の日本人は、“ほんのり甘い”食べ物を好む それぞれの国の人々によって「甘さ」に対する認識は異なる。オックスフォード大学の研究によると、日本人は甘味に対して特に敏感で、糖類などを大量に摂取しなくても甘味を感じられるということだ。これは日本人が子供の頃から微かに甘い味(米やみりんなど)に慣れ親しんできたことと関係があり、古代から現代の日本人の食生活にも同様の食習慣が受け継がれている。一方で、日本のメディアは長年にわたり糖尿病予防を推進し、「砂糖を摂りすぎると糖尿病になりやすい」という健康意識の種を日本人の心に植え付けてきた。 では、日本人は砂糖に対してどの程度敏感なのだろうか?飲食業界が実施した調査によると、中国人の約10%がブラックコーヒーを選ぶという、一方で、日本では、オンライン調査によると、63.5%以上の人がブラックコーヒーと無糖のお茶を選ぶことがわかった。 「砂糖・糖分の摂取に関して、最も気を付けていることは何ですか?」というアンケートでは、「糖分の少ない商品を選ぶ」を選んだ回答者が全体の39.9%であった。次いで「砂糖・砂糖分の多い食品・飲料を避ける」(26.3%)、「食品・飲料に一定量の砂糖・砂糖が添加されるのを避ける」(21.6%)となった。日本の無糖派は中国よりはるかに多いことがわかる。 Figure 1. 日本人消費者を対象にした糖分の摂取に関するアンケート結果 また、別の調査において、多くの方が人工甘味料に関する安全性を正確に理解していないこともあり、人工甘味料を好まないと回答したことは注目に値する。では、日本人にとって「低糖質・ほんのり甘い」食べ物とはどのような食べ物なのだろうか?それは、例えば、杏仁豆腐、ギリシャヨーグルト、パイナップルケーキ、そして以下に挙げる果物といった、それぞれ自然な甘みが含まれたものが該当するだろう。 Figure 2. 安宁(杏仁)豆腐 photo from: PROFOODS 外国企業は日本の消費者の甘味嗜好にどう適応すべきか?製品をローカライズするにはどうすればいいか? 1. 天然素材の自然な甘さを活用 日本人の消費者は甘いものは体に悪いという感覚を持っている、一方で甘いものは嫌いではない。要は、甘みは取りたいが砂糖は取りたくないのである。それを理解した上で商品をローカライズしていくことが重要でろう。そこで、日本では、砂糖の量を減らした上で甘さを維持するために、自然の素材の甘みに焦点を当て商品を開発するケースがある。小豆、黒ゴマ、栗などの原料に含まれる天然の糖分はほんのりと甘く、日本人の目から見ると健康的で糖尿病の原因にもならず、美容にもよいとされている。これらは日本人にとって馴染み深い食材であり、日本のデザートにもよく登場している。(小豆などの場合は砂糖が多く添加されていることもあるが。)通常砂糖を多く使用する和菓子屋でさえも、自然の豆の甘さを引き立て、砂糖の使用量を制限する和菓子を開発し始めている。 日本茶そのものの自然な甘さを商品解決に生かしているケースもある。例えば、日本のスターバックスで長く消費者に親しまれているほうじ茶ラテは、その例に当たるであろう。ほうじ茶ラテは、「優しい甘いお茶」と評されている。そのほろ苦さは控えめであるが、同時に豊かな甘い香りが漂う。さっぱりとしていて飲みやすく、とてもリラックスした気分にさせてくれる。通常のほうじ茶ラテには、シロップが入っているが、日本のカスタマーの中には、ほうじ茶そのもののほのかな甘さを楽しむためにシロップ抜きを好む人もいる。 Figure 3. スターバックスのほうじ茶ラテ (スターバックスジャパンウェブサイトより)…
By 鶴田 彬, 2025.01.13 はじめに 上海で新生活を始めたとき、私には友人がおらず、中国での食事にもあまり馴染みがなっかたので、多くのクラスメイトが親切に接してくれたにも関わらず、時々少し寂しさを感じていた。また、食べ物や衣服などの品物を注文・購入する際に、どの料理やブランドが自分に合っているのかを判断するのが難しかった。なので、最初の1週間のうちにキャンパス近くにあるユニクロを訪れ、必要な衣類を購入したのを記憶している。また、キャンパスライフを送る中で上海における日本人街として知られる古北地区を訪れ、日本食を楽しむことも多々あった。浦東の寮から古北に行くのに凡そ1時間以上かかったが、そこで得られる経験には価値があった。なぜなら、そのエリアは日本の小さな町の雰囲気をいくらか捉えていてくれて、日本のスーパーマーケットを訪れるたびに、懐かしい、ノスタルジックな気持ちに浸りながら、幼い頃から馴染みのある日本食品のスナック菓子や飲み物を眺めながら小一時間費やすことがよくあった。そのため、必要以上に、日本より価格は割高になるのに、商品を買ってしまうこともよくあった。また、以前は日本のアニメをあまり見ていなかったのだが、日本語の、日本的な会話のやり取りなどを楽しむために見るようになった。さらにはYOASOBIなどの日本のポップソングを頻繁に聞くようになった。 Figure 1.日本料理店が集中する日本人街の建物 上海での生活に慣れた後も、私は古北を訪れ、新しい日本食レストランを見つけたり、子供の頃に楽しんだ漫画やお菓子など懐かしいものを探したりすることが良い気晴らしになっていた。特に自分の故郷である大阪や京都などの関西エリアの日本文化を味わいたいという欲求を感じることがある。 私が経験したように、母国や故郷を離れた多くの人々はこのような感情を共有し、”故郷の味、ホームテイスト、Taste of Home“を求めているのは確かであろう。そして、これらの消費者を、とりわけ”Diaspora、ディアスポラ“と呼ばれる彼らが集まるコミュニティ・地域において、ターゲットにすることでビジネスに商機が生まれる可能性がある。グローバル化の時代において、海外に移住する人が増えるにつれ、母国の企業が新しい市場・海外市場に進出するためには、海外に移住した人々をターゲットにするマーケティング戦略が必須の戦略であろう。この記事では、ディアスポラマーケティングを説明、いくつかの成功事例を紹介し、ディアスポラをターゲットにすることから、その地でのローカル市場へどのように拡大していくかを探りたいと思う。 ディアスポラマーケティング(Diaspora Marketing) ディアスポラマーケティングは、チャイナタウンやリトルインディアとして知られる地域など、出身国以外に住む移民コミュニティをターゲットにした戦略である。受け入れ側のホストカントリーと母国側のホームカントリーとの間の文化の違いを含む、有形および無形のギャップに対処することで、商品・サービスの価値を強調し提供するマーケティングである。特に、いわゆる人々が、懐かしさを感じる商品は、このアプローチを効果的に活用できる。たとえば、上海の日本人街として知られる古北には、ラーメン屋がたくさんある。この地域は、日本の消費者が頻繁に訪れ居住することもあるため、レッドオーシャンになりつつあるものの、日本企業、特に日本の中小企業にとって、飲食店をオープンするのに最も低リスクな場所と考えられている。小規模なビジネスを行う上で、ディアスポラマーケティングは、初期マーケティングコストを抑えられる優れた戦略である。しかし、ディアスポラコミュニティの消費者から、ターゲットを現地市場に拡大する場合、コミュニティにおける全てのタイプの消費者が母国のブランドにとって理想的な顧客であるとは限らないと言われている。以下は、Harvard Business ReviewでNirmalya Kumar氏と Jan-Benedict E.M. Steenkamp氏が提案した顧客セグメンテーションマトリックスである。 Figure 2. ディアスポラ市場のターゲット顧客セグメント 出典: Harvard Business Review. Diaspora Marketing 手短にいうと、上記のセグメントの中で、企業はBiculturals(バイカルチュラル、二文化主義者)とEthnic Affirmers(民族肯定者)をターゲットにすることに重点を置く必要がある。特に、Biculturalsは、ディアスポラ市場(ホストカントリー)とホームカントリー市場の間のギャップを埋める、橋渡しをする上で重要な役割を果たすことができる。ホストカントリーとホームカントリーの双方の文化やブランドに寛容なBiculturalsは、例えば、中国人やその他の外国人の友人に、日本(ホームカントリー)のブランドを紹介するといったような自国文化を紹介する傾向が高い。 (私自身もこのセグメントに属していると感じている。)これにより、ローカル市場(ホストカントリー市場)で、口コミが生まれ話題となり、母国のブランドにおける新しい市場での認知度や人気を高めることにつながる。 多くの製品またはサービスカテゴリでディアスポラマーケティングを活用することできる。特に、食品・飲料、ファッション、化粧品、教育サービス、医療サービス、映画ストリーミングなどのエンターテインメントサービスなどが適した商品カテゴリーと考えられよう。さらに、このアプローチは、現地の消費者に正当な理由なく品質が低いと認識されることが多い発展途上国の製品・サービスが先進国市場に参入する際に特に効果的となる。 Jollibee (ジョリビー) ディアスポラ・マーケティングについて議論するとき、フィリピンで最も人気のあるファストフードチェーンであるJollibee (ジョリビー) について言及することは不可欠であろう。チキンジョイとバナナケチャップを用いたジョリースパゲッティで有名なファストフードブランドである。フィリピン国外では、地理的制限や文化的・人種的障壁により、フィリピン料理にアクセスするのが難しい場合がある。本物のフィリピンの味を提供し、フィリピン文化を讃え、懐かしさと一体感を呼び起こすことで、このブランドは、世界中のフィリピン人コミュニティの顧客と深い感情的なつながりを築くことに成功した。ジョリビーは、フィリピンに加え、ベトナム、米国、カナダ、UAE、シンガポールなど、海外在住フィリピン人が多い国に、複数の店舗を構えている。 Figure…
by 鶴田 彬, 2024.10.25 はじめに:様変わりした中国のコーヒー事情 私が2017年に、ビジネススクールに留学する為、上海へと渡航する際に、日本人の先輩学生が日本からインスタントコーヒーを持ってくるといいよと勧めてくれた。理由としては、日本でインスタントコーヒーを購入する方が、中国で購入するよりコストを抑えられたからだ。また、キャンパス付近に、カフェチェーン店はスターバックスしかなく、一杯あたり30-40元(約600-800円)したので、懐事情の厳しい私費留学生にとってなかなか手が出せないものであった。2017年の夏頃の上海では、日本同様にタピオカティーブームが起こっており、グループワークの最中にクラスメイトがよくデリバリーで注文していたのを覚えている。しかし、2018年にLuckin Coffee (ラッキンコーヒー)の登場が、彼ら彼女らの習慣に変化を与えることになった。キャンパス生活2年目に突入する頃、授業中にクラスメイトからメッセージが送られてきて、Luckin Coffeeのグループ注文に参加するかしないかを聞かれた。これが、私のLuckin Coffeeとの初めての出会いであり、グループオーダーのディスカウントを使用することで、一杯あたりの価格が10−20元(約200-400円)になった。それ以降、価格が下がったことで、以前より頻繁にコーヒーを注文するようになり、ラテやアメリカーノを、授業中に注文し休憩時間に配達を受け取るといったスタイルが確立した。 市場全体を見てみるとデータは様々であるものの、CBNデータによると、中国で調査を実施した対象において、多くの消費者が、現在、週に1回コーヒーを飲んでおり、約25%が毎日少なくとも1杯のコーヒーを楽しんでいると報告されている。そして、中国の消費者は、コーヒーを単なる眠気覚ましといった機能的な飲み物としてではなく、喜びの源として捉えるようになりつつあり、中国の消費者にとって今後ますますコーヒーがリラックスの手段として広がりを見せていくだろうと報告されている。 Figure 1. 中国における消費者のコーヒー飲用頻度 Data source: CBNData 2023 April coffee drinker survey, “How often do you drink coffee in the past six months?” そして、私は、卒業後も上海に残ることになるのだが、それからより多くのカフェチェーンを目にすることになった。美団データによると、2023年において、上海には8,530店舗のカフェがあり、世界で最もカフェが多い街となっている。Luckin Coffeeやスターバックスだけでなく、Manner Coffee(マナーコーヒー)やCotti Coffee (コッティコーヒー)が私たちの目に飛び込んできた。 Figure 2. 2021-2023年における中国本土のコーヒーショップ数推移…